旧赤星邸(現ナミュール・ノートルダム修道女会)の見学会、保存と活用への道筋

11月22日(金)冷たい雨の降る中、自転車を飛ばし五日市街道を東へと向かいました。
成蹊大学のすぐ近くにその建物はあります。
15時ちょっと、五日市街道をわき道にそれると、何人かの方々が雨の中建物へと吸い込まれていきます。

そこは、カトリックのナミュール・ノートルダム修道女会の建物です。
旧赤星邸、実業家の赤星鉄馬氏の自邸で、成蹊大学のあたりも赤星邸の敷地だったそうです。赤星鉄馬氏は日本で初となる学術財団、財団法人啓明会を設立、 泰昌銀行の頭取 などを務めたとのことです。余談ですが、ブラックバスを日本に移入したのも氏のようです。
11/7に「赤星鉄馬 消えた富豪(与那原恵著)」という本も出たようですので、赤星氏が気になった方はぜひそちらをご覧ください。

旧赤星邸の設計はアントニン・レーモンド

アントニン・レーモンド。多摩美で建築を学んだ身としては、聞きなれた名前です。
アントニン・レーモンドはオーストリア=ハンガリー帝国(現チェコ)出身の建築家で、帝国ホテルの設計で有名なフランク・ロイド・ライトの事務所でも働いており、帝国ホテル建設の際に助手としてライト共に来日、後にレーモンド事務所を設立し、日本のモダニズム建築に大きな影響を与えた人物です。日本を代表する前川國男や吉村順三らもレーモンド事務所出身です。

旧赤星邸は1932年の竣工の建物で、現存するレーモンドの貴重な建物の一つです。

そんな赤星邸は戦後GHQの管轄におかれ、その後カトリックのナミュール・ノートルダム修道女会の所有となりました。

ナミュール・ノートルダム修道女会の渡辺和子さんのお話

雨の中到着すると少し奥のところで受付を済ませます。
受付で伺ったところ200名を超す方々が訪れているとのことで、この建物への関心の高さが感じられました。

そして、お御堂へと入ります。
顧問弁護士の竹内さん、修道女会初代院長の渡辺和子さんのお話を伺いました。
今回、この建物を手放す経緯や修道女会や先進国における宗教の現状などをお話しいただきました。今回、この建物を手放すにあたり、不動産ディベロッパーに売却して更地にするのではなく、建物と庭をいかに保存し、活用していくのかを模索しており、広く意見を聞きたいということで、今回の見学会の開催となったようです。

建物内の見学へ

お話を伺った後は、建物の見学になりました。
皆さん思い思いに建物の中や庭を見て回っていました。

GHQの管理下にあった際に一部改築されたようで、壁が追加されたり細かな変更があったようですが、大きな改築はされていないようで、ほぼそのまま残っているのではないでしょうか?

当時の写真なども置いてあり、庭に面して少し角度を振った形状や、エントランスの横の階段など独特のデザインも当時のままです。

作り付けの家具はレーモンド夫人であるノエミ夫人の設計とのことで、壁と一体となった家具に引き出しがついていたり、らせん状に開く引き出しなど特徴あるデザインです。

建物に沿って立派な藤棚があり、春にはきっときれいな藤の花が咲くのだと思います。
そこから芝生を抜け、低木から高い木が連なり、住宅地の真ん中にあるにもかかわらず、他の家は感じられず、ある種の別空間を作り出しています。

保存と活用へ

まだ、この建物がどのような方向へいくのかはわかりません。
しかし、修道女会としても、そしてこの場所に関わっている人たちもおそらく思いは同じで、建物の保存と、ただ保存されるだけでなく、地域に根差した何らかの活用を望んでいるのだと思います。

建築に関わっていたものとしても、この貴重な建物をきちんと保存していくことはとても価値のある大切なことだと思いますし、建物として使用され続けていくことも大切なことだと思っています。

自分がいま、Meetむさしのという地域での活動を始めたタイミングとこうしたお話が出てきたのも何かの縁なのではと勝手に思っています。
Meetむさしのとしてこうした地域の情報を伝えていくことは大切です。少しでも多くの方に旧赤星邸やナミュール・ノートルダム修道女会のことを伝えていけたらと考えています。

上澤進介
1999年多摩美術大学美術学部建築学科を卒業後、設計事務所、デザイン事務所をへて、2005年4月フリーランス(屋号「くりぬき」)として独立。2008年6月3日、株式会社まめなり設立。現在に至る。 二児の父。地域活動に関心をもちコミュニティ活動に関わる方々と学びを深めている。